心臓外科部長という要職に採用される人物の力量というものが全く問われないこと。この国の医師社会とはいったい何だったのでしょう。この心臓外科部長を心臓外科部長として採用した病院にも間違いなく責任の一端はあるはずです。一般に、日本の病院では、例えば心臓外科部長にふさわしい人材というのは、まず大学教授に従順である人物、ということだと思います。病院にとって、それなりの年恰好の医師がとにかく大学病院から派遣さ
手術技能は出世に無用?... の続きを読む
ここ数年、日本の学校の教育環境を整えようという動きが多く見られます。学校ICTもその一つです。学校で利用されているテレビをデジタル化することやパソコンの設置やインターネットの設備などにも力を入れているようです。その結果、全国的に見ても、かなり教育環境は整ってきたようです。全国の学校に、学校ICTの環境整備を推進した取り組みを行っているため、国が負担する費用というのはかなりのものになっているようです
教育環境の整備と学校ICT... の続きを読む
夢のなかでも私は寒いのか、毛布を頭から被った格好で暗闇のなかを歩いていた。どうして歩き続けているのか、どこへ向かっているのかは定かではない。暗闇といってもただの暗さじゃない。それは暗黒と呼んでもいいくらいの、まったく光のない世界。でもそんな暗黒のなかでも私は自分が何を手にしているのかわかっている。それは影だ。斧を手に私はどこかに向けて歩き続けているのだ。これは記憶のなかに釣り糸を垂れるような作業で
毛布と斧は消えない... の続きを読む
医学の進歩によって病気の克服は可能でも、生命の限界をなくすことはしょせん不可能なのです。そして真の科学的な姿勢とは、よく分からない部分、不確かなところを切り捨てて、明晰な、取り組みやすい情報だけをよせ集め、任意の全体像を強引にまとめ上げることではないはずです。ここで古くからの生物・生命に関する機械論、生気論、全体論の論争に深入りするつもりはありませんが、現代医学が直接コントロールできない部分が少な
機械論、生気論、全体論... の続きを読む
メディアの時代、うたが混ざるのに「人」が混ざることは必ずしも必要でなくなりました。(Automatic)が響く部屋。そこはエレクトロニックなうたの増蝸です。「体中が熱くなってくる1つ」「パラダイスにいるみたい1つ」のあとに広がるエコー。バックーコーラスにもエコーが利きまくっています。ドラムスが腰にきて、ベースが胸にきて、ニッポンを引きずらないブラックーコンテンポラリーな日本語が切なく吐き出され、そ
人の心の根っこにある腹に収まる... の続きを読む